損害賠償請求住民訴訟 – 証人尋問の分析と考察

レポート

令和7年11月25日東京地方裁判所にて、馬場弘融氏(元市長)、大坪冬彦氏(前市長)、河内久男氏(元副市長・院長相談役)の三者による証人尋問が行われました。

この事案の核心は、河内氏の市立病院における任用形態(専門監から臨時職員への変更)と高額な給与支給の適法性、および、市長特命事項(区画整理・たかはた保育園)への関与について、当時の首長がどこまで認識し関与していたかという点にあります。


核心的な問題点

三者の証言を通じて、以下の二つの核心的な問題点が浮かび上がります。

河内氏の任用形態・給与決定における市長の「無関与」

当時の最高責任者である二代の市長が、異例の元副市長の待遇と、後に違法性が問われることになる高額な給与体系について「まったく知らなかった」と主張しています。

  • 馬場氏の主張:
    河内氏が臨時職員に任用されたこと、高額給与(日額給)の決定について、「聞いたことがない」「関与していない」と断言し、自身の市長退任後の新聞報道で初めて知ったと主張しています。また、臨時職員の任用決裁は市長に回らず病院内で完結するものだと認識しています。
  • 大坪氏の主張:
    市長就任時に河内氏を「辞めさせたい」意向はあったものの、任用形態や給与の問題は平成30年の議会指摘まで認識していなかったと主張しています。前市長からの引き継ぎも「一切ない」と述べています。
  • 問題点:
    異例の元副市長の待遇(専門監設置の経緯を考えると)と、後に違法性が問われることになる高額な給与体系について、当時の最高責任者である二代の市長が「全く知らなかった」と主張している点は、組織の危機管理体制や情報伝達ルートの機能不全を示しています。特に、臨時職員雇用確認書に市長の印(職印)が押されている事実と、「まったく知らない」という主張の整合性が問題です。

臨時職員としての実態と給与条例主義違反

本来、病院経営の専門的な知識や能力に基づいて任用されるべき者が、臨時職員という身分で、条例によらない異例かつ高額な報酬を受け取っていました。

  • 河内氏の主張:
    臨時職員(院長相談役)に就任した後も、実質的な業務は経営専門監時代と「まったく変わらない」と証言しています。
  • 報酬の実態:
    業務量が多いため、市側提示の条件(週3日、月額28万円)では収まらず、時間外手当や日額給を付加することで、結果的に専門監時代を上回る年間約1,190万円の報酬を受け取っていました。
  • 違法性:
    本来は病院経営の専門的な知識や能力に基づいて任用された者が、臨時職員という身分で、条例によらない異例かつ高額な報酬を受け取っていた実態は、地方公務員法の給与条例主義に違反する可能性が高いです。大坪氏も一時議会で「給与条例主義に基づかないものであり、当然違法支出」と答弁しています。河内氏自身も「手続きが適法だとかどうか、本当は認識しなければいけなかった」と述べています。

三者の証言における矛盾点・対立点

三者の証言には、当時の認識や事実関係において複数の矛盾が見られます。

市長らの認識を巡る主な対立

矛盾点・対立点 当事者 証言内容(概要) 考察される事実
① 臨時職員任用の認識 馬場氏 臨時職員への任用は「聞いたことがない」「新聞報道で初めて知った」。 河内氏は小川副市長から条件提示を受けており、雇用確認書には馬場氏の印鑑が押されている。馬場氏の「無関与」は組織的な隠蔽か市長の職務怠慢を示唆。
② 経営専門監の任期終了 馬場氏 任期の終了について「記憶がない」。 河内氏は馬場市長から「制度(経営専門監)は3月末で辞める」と直接聞いたと証言。制度変更は市長の判断なしにはあり得ず、馬場氏の記憶喪失は不自然
③ 市長特命事項の報告 馬場氏 病院以外の報告は河内氏が「勝手に報告した」もので、書面も見ていない。 河内氏は馬場市長が気にしていたため、書面(メモ)を使って報告したと証言。報告書にたかはた保育園や区画整理の記載があり、馬場氏も「代行」という言葉を使っている点から、関与の有無が対立
④ 大坪氏へのお礼 大坪氏 たかはた保育園の問題で、病院に行って河内氏にお礼を言った記憶は「ない」 河内氏は、大坪市長が市立病院に来てお礼を述べたことをカレンダーにメモしていると証言。大坪氏の河内氏の業務継続への認識の有無が対立。
⑤ 日額給への変更依頼 河内氏 時間外手当が面倒だから日額給にしてほしいと依頼したことは「とんでもない。ない」 尋問記録には、河内氏が作成したとみられる日額給の単価を試算したメモ(丁1)があり、事務当局との間で計算・交渉があったことを強く示唆。
⑥ 経営専門監への要望 大坪氏 井上院長から「経営専門監にしてほしい」という相談はなかった 井上院長のヒアリング記録では、前市長や大坪市長に「院長相談役ではなく経営専門監にできないか」と相談はしたと回答しており、証言が対立。

結論と考察

証人尋問の分析から、本件は単なる手続きミスではなく、前市長時代の政策的判断(専門監の任期終了と臨時職員による業務継続)と、それを受けた病院事務当局の不適切な手続き(給与の決定方法)、そして二代にわたる首長の責任回避的な対応が複合的に絡み合った事案だと考えられます。

違法性の根拠

河内氏の臨時職員としての身分と、実態が専門職であること、そして条例に基づかない高額報酬(日額給)という三点のねじれが、給与条例主義違反の最大の根拠であることを明確にします。

首長の責任

  • 馬場氏の責任:
    経営専門監制度の創設者であり、任期終了を決定し、院長相談役として残ることを承諾した責任の所在があります。臨時職員任用への「無関与」は、組織運営上の重大な問題(情報遮断、職務怠慢)を示しています。
  • 大坪氏の責任:
    市長就任時に河内氏を「辞めさせたい」意向がありながら、その後の監督責任を怠り、問題発覚が遅れた責任があります。

組織的な問題

市長が知らぬ間に高額報酬の給与体系が構築され、市長特命事項が非公式な形で継続されていたことは、組織のガバナンスが機能していなかったことを示します。特に、河内氏の立場が「単なる臨時職員」でありながら「市長特命事項」という重い役割を担っていた点は、極めて異例で不適切です。

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